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ヘドウィグレビュー記事(マイクル・リー)

先日のソウルミュージカルフェスティバルでも<ヘドウィグ>の歌を披露されていたマイクル・リーさま^^
その<ヘドウィグ>本舞台のレビュー記事です。

聞き取りやすい英語(しかもドイツ語訛りが有るしい^^)ということですので、ちょっと安心しました。

でも・・・私、英語すっごい苦手なんですよねーー。
記事にある通り、キーワード的な単語は韓国語で言ってくださるらしいので、それに期待することにします^^;
チムチルバン・・・これって、過去の公演では出てきてなかったと思うけど?ま、いっか(笑^^;)


元記事はこちら →SBSFUN


[ミュージカルレビュー] 音楽がまさに言語です...マイクル・リーの<ヘドウィグ>

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ミュージカル<ヘドウィグ>は2時間の間紡ぎ出すトランスジェンダー歌手ヘドウィグの話だ。 華やかな照明の下、金髪のかつらをかぶったヘドウィグは東ドイツで生まれて育った話から米兵と愛に落ちて男性性を捨てアメリカまで来たが捨てられ、その後トミーに会ったが音楽を盗まれた話などをして泣き笑う。

<ヘドウィグ>は原作者であるジョン・キャメロン・ミッチェルの自伝的な話もする。 米軍将校の父について東ドイツで小さい頃を送ったミッチェルの目に映った多くの場面が<ヘドウィグ>の中の登場人物と筋書を作った。 東ドイツ出身家政婦、米兵と離婚した韓国人女性など、皆ミッチェルが実際に目撃した人物だった。

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ここに音楽監督トゥレスクとミッチェルの奇妙な偶然がなかったら<ヘドウィグ>は誕生しなかったかも知れない。 俳優ミッチェルがアメリカニューヨーク行きの飛行機で横の席に座ったトゥレスクと偶然に対話を交わすようになったのだ。 そのようにしてドラァグクイーン(女に扮した男)歌手の話を入れた<ヘドウィグ>が偶然の末に作られるようになった。

<ヘドウィグ>がアメリカニューヨークのある安物モーテルで初めて公演されてから20年近くが流れた。 数万km離れた韓国では相変わらず<ヘドウィグ>に対する愛が熱い。 国内では2005年に初演された後、おおよそ2000回以上公演されている。 <ヘドウィグ>が渡す2時間の話は国家、人種、時代を超越して「歴史」になって行くようである。

<ヘドウィグ>の歴史の一ページは今年初め<ヘドウィグ>を引き受けたマイクル・リーが担当している。 アメリカ海外同胞出身俳優であるマイクル・リーは<ヘドウィグ>国内公演史上初で原語の舞台に立つ。 アメリカカンザス、ニューヨーク等の地で公演を繰り広げたヘドウィグが韓国の大学路会場にやってくるという設定である。

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マイクル・リーが比較的ハキハキしたドイツ語抑揚の英語を駆使するおかげで、国内観客は少し聞き取りやすい。 意図的に容易に書かれたセリフとともに「半分」、「知識」、「チムジルバン」などいくつか単語は韓国語で繰り返してくれるが、意外に英語のセリフだけで成り立った公演であるが理解があまり難しくない。 イツハク(ジェイミン)のセリフのように「音楽はそれ自体が言語でありソウルだから」更にそうである。

マイクル・リーがトランスジェンダー役を引き受けたのは今回が初めではない。 前作である<ロッキーホラーショー>でも彼はトランスジェンダー役を引き受けた。 しかし<ヘドウィグ>は前作とときめが違う。

ヘドウィグは自分の話をしなければならない公演である。 言語的負担を減らしたマイクル・リーはヘドウィグのことであると同時に自分の話を打ち明ける。 誰にも暖かいほほ笑みを渡す「親切な」俳優マイクル・リーがこの舞台でだけは直接的でバンバン弾ける。

マイクル・リーが歌う<ヘドウィグ>ナンバーは不思議なほどミッチェルの音色と似ている。 確かに全然違った声なのに「The Origin of love」や「wig in a box」などは原作に劣らない感動をそそる。

マイクル・リーの<ヘドウィグ>は一番原作とそっくりであるという評価を受ける。 単に原語を使うからだけはない。 マイクル・リーはヘドウィグの華やかな外面とそれに相反する内面の寂しさと弱気さを不思議なほどよく表現する。 その理由をうっすら想像してみようとすると、マイクル・リーがヘドウィグの寂しさに一番よく共感しているからではないだろうか。

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アメリカ海外同胞俳優であるマイクル・リーはミッチェルと同様にカトリック家庭で生まれて育った。 歯科医である父に従ってスタンフォード大学で医学を専攻してから、ロックに対するあこがれで医者としての進路を放棄してミュージカル俳優になった。 彼はアメリカでは東洋人で、韓国ではアメリカ海外同胞に分類される。 ハンセルのベルリンの壁のようにマイクル・リーに付きまとう言語と文化、国家の障壁がマイクル・リーにはもう慣れたものだったかも知れない。

ヘドウィグ舞台に立つ前からマイクル・リーは<ヘドウィグ>舞台に立ってみたいという願いを何回も伝えたことがある。 俳優が長期間立ちたかった舞台に立てるということ自体は非常に幸せな事である。 そんな俳優の幸せな舞台を見ることができるということは観客にも嬉しい事である。

マイクル・リーの<ヘドウィグ>はこれまで彼が見せてくれたものの中で一番マイクル・リーらしい舞台だ。 言語と国境は障壁にならないということをマイクル・リーの<ヘドウィグ>は見せてくれる。

11月5日まで大学路公益大アートセンターで公演される。

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