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「どん底」チェ・ウヒョクくんインタビュー(「scene PLAYBILL」より)

日本のスリラー小説が好きなんだそうです。
あまり急がずに進みたいらしく、<どん底>の後はそんなに頻繁には舞台に出ない可能性もある、という発言をしておりますが、本当かなー?


元記事はこちら → PLAYBILL


[HIGH-FIVE] 牛歩千里の青年_俳優チェ・ウヒョク

この二十五歳の青年の目にはどんな要領も捜してみることができない。
ひたすら運動選手のように愚直に走って行こうという意志だけがあるだけ。


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チェ・ウヒョクは知りたくなる俳優だ。 彼の歩みには感嘆符よりは疑問符がよく似合った。 ミュージカルデビュー作<フランケンシュタイン>の怪物役で強烈な印象を残したら、次期作ではその重みを振り落とすように溌剌としたコメディ<オールシュックアップ>で頭にポマードをいっぱい塗ったエルビス・プレスリーとして登場した。 その次の変身に対する期待感が咲き始めようとする刹那、この注目されるルーキーはどんなヒントも与えずにうわさが立つこともなく潜伏(?)に入って行った。 今7ヶ月ぶりに帰って来たチェ・ウヒョクの選択は小劇場ミュージカル<どん底>。 いろいろ相次いで起こる興味を解決するため、とりあえず彼に会った。 そして尋ねた。 「これまでどこにいたの?」。


「<オールシュックアップ>最後の公演を終えてすぐに膝の手術をしました。 俳優になる前、拳闘選手の準備をしたことがありますが、その時に得た負傷です。 このまま放って置けば後で苦労するかもしれないと思って手術を受けたのですが、リハビリ訓練をしながら苦労したんです。 初めは足に力がはいらなくて、きちんと立つことも、歩くこともできなかったんですよ。」 身体を素早く使わなければならないミュージカル俳優としては決して小さくない事を経験したわけであるが、むしろチェ・ウヒョクはおおらかであった。 「息をつく隙間もなしに走ってから倒れるより、その前に少し休んで行こうという気持ちでした」と言った。 「率直に二つの作品を相次いでしたことも私が持っているものに比べて過分であると思いました。 毎作品が終わる度に自らに不足さをたくさん感じたんですよ。 作品だけたくさんするからといって良いことではないな、と思い、悩んで、遠い未来を考えた時、最善の選択が膝治療だと考えました。」

チェ・ウヒョクの舞台を見守った人々には彼の言葉が少し怪しげに聞こえるかも知れない。 デビュー作<フランケンシュタイン>ではビクター役の俳優と広い大劇場舞台の責任を負う主人公であると同時に、1人2役を演技しながら感情的に途方もないエネルギーを噴き出さなければならなかった。 その上に新人らしくない余裕と先輩との一対一対面でも決して滞らない元気な気で好評を博した彼だ。 <オールシュックアップ>もやはり、作品の呼吸を導いて行く主人公として観客をチェ・ウヒョクならではのペースで笑わせるのに成功したではないか。 しかしチェ・ウヒョクは「免罪符」があったおかげだと言った。 「新人という免罪符があったからパク・ウンテ、ハン・チサンというすごい俳優と競うことができたんです。 私もそんな考えで自らの間違いに寛大であった情けない瞬間もありました。 もう少し崖っぷちに立たされた心情でやらなければならなかったですが、どうしても公演期間がある程度経つから安心して逃して行く部分が多いようです。 身体が回復する間、こんな考えをしながら心を引き締めました。 今ではその免罪符が消えたから、まな板の上で演技する気持ちです。」

彼が三回目の作品がデビュー作の時より緊張すると言うにはもう一つ理由がある。 200席規模の小さな小劇場で演技することもやはり初めて挑戦する事であるからである。 小劇場公演での呼吸は何千名の観客を前に置いて繰り広げる大劇場での演技とは確かにきめが違う。 「例えば大劇場では感情表現をしてもある程度誇張された姿で見せてあげなければなりません。 同時に多くの観客を理解させなければならない大劇場特有の演技トーンです。 今は指一つの動きさえ控え目です。 観客にはその小さな動作さえキャラクターの一面として感じられるだろうから。 このごろは「本当の演技」をするという感じがします。」

ミュージカル<どん底>の背景である居酒屋には言葉とおり生の下積みに座り込んでいる人々が集まって来る。 病んだ弟の面倒を見て居酒屋を運営する女将、盛りが過ぎた売春婦、詐欺勝負師、アルコール中毒にかかった前職俳優…チェ・ウヒョクが引き受けた「ペーペル」はある伯爵の代わりをして監獄に入り出所した青年で、他の登場人物の人生を編み出して聞かせる、作品の解説者に近い人物である。 「まさにごろつきそのものである人と言えましょうか。 礼儀もなくて、軽くて、いたずら好きで。 ですが一方では純粋な面もあります。 喜びや悲しみをうまく隠すことができず、好きな心も隠すことができなくて。」 チェ・ウヒョクはペーペルから思春期を病んだ自分の十代時代を見つける。 「十代を過ごす男の子がすべてそうでしょうが、高校生の時の愚かであった私に似ているようです。 世の中が私の思いのままにいくだろうと思う慢心や両親に頑是無く反抗した姿のようなものなど…そうするうちに多くの波風を経験しながら世の中が分かるようになるのですよ。 私が率直ながらも恥ずかしがる性格ですが、そんな面まで似ているんですから。」 しかしチェ・ウヒョクがペーペルをもっと近く感じるのは、挫折にぶつかった人に感じる深い共感のためである。 学生時代、運動で一歩遅れて進路を変えて演劇映画科進学を準備した彼は入試に相次いで失敗した経験がある。 「いくら最善をつくしても結果が伴わなければその後の言葉は言い訳になってしまうんですよ。 三修を準備しながら本当に最善をつくしたのに、合格できなかったという事実一つですべての努力や過程が否定されたような感じを受けました。 ペーペルも自分の人々を守るために人らしく生きてみようと思いますが、その気持ちのようにはいかないんです。 その悩み苦しんだ心がどういうものなのかとてもよく分かります。」

しかしチェ・ウヒョクは挫折感がやって来る時さえ黙々と耐えるスタイルである。 甚だしくは自分の過ちではない悔しい事でも。 屈曲なしに育ったようなきれいな外見のためか、彼は時には根拠のない偏見に包まれたりした。 「幼い頃は根拠ないうわさのため悩み苦しんだりしましたが、これからは気を使わないです。 私が熱心にすればその過程と結果が見せてくれるでしょうから。 そのように黙々と努力すればうわさも消えるものと決まっているんですよ。」 彼の愚直さは幼い時から息子を正しい青年に育てるために努力した厳格な父の教育のおかげだと言った。 実際彼は自分を引き締めて磨き上げるのが身についていた。 問題になるような場所ははじめから避け、ありふれたクラブで遊ぶことも知らないし、コンピューターゲームもしない「生真面目な人」である。 実際に彼がストレスを解く方法はかなり古典的である。 日本のスリラー小説を読むとか運動をして、一人でカフェでコーヒー一杯を楽しむこと。 その中でも一番胸のつかえが降りる時は歌を歌う瞬間である。 「難しいミュージカルナンバーを学んで一曲一曲成功する時の喜悦は本当に最高です。 すべてのストレスがすべて消えるようです。 「もうこの歌も歌うことができる!」という成就感で胸がいっぱいになることはないです。 私が「レベルアップ」された感じだと言いましょうか。」

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スターではなく俳優

彼を舞台の外で正しい道に率いてくれる人が父なら、公演界でもチェ・ウヒョクが信じて頼るメンターがいる。 <どん底>の演出家ワン・ヨンボム。 アンサンブル経験もなかった彼をただちに主演に抜擢した人であり、作品選択をはじめとして俳優としての道に対して助言を惜しまない人であるからである。 チェ・ウヒョクはワン・ヨンボム演出を「さまざまな答の中で一番確かな正解を与える人」という明快な文章で紹介した。 「今まで幾多の俳優を見守られたので、どの道が私に一番相応しいか一番客観的に、また信頼が行く助言をしてくださいます。 私に常におっしゃるんですよ。 スターになるのではなく、俳優になりなさいと。 演出が行こうとする所と私が行こうとする所の方向が同じだと思います。」 <フランケンシュタイン>後、<オールシュックアップ>を選択する時も、ワン・ヨンボム演出の助言が奏を功した。 前作で強烈なキャラクターを見せてくれたチェ・ウヒョクがコミカルなキャラクターに変身したら、観客の期待感を高めると同時に演技スペクトラムも広げることができる良い機会という理由であった。 ワン演出の助言に共感するチェ・ウヒョクはこのごろも当時の選択が最高の選択であったと自負する。 身体と心がくたびれるといつのまにか近付いてぽんと投げるワン・ヨンボム演出の一言は、彼にとって何より大きい鞭であると同時にニンジンである。 「とても大変で息をきらしている私を見て「大変なのか」と尋ねてこのようにおっしゃいました。「それでは今君が行く道は合っている道だ。走っているのに大変でなければ下り坂という意味である」。 その言葉は本当に私の心の中に一生残っていると思います。 俳優人生のモチーフと言っても過言ではないです。」

チェ・ウヒョクが今作品で立てた目標は特別である。 「カーテンコールで恥ずかしくない演技をしよう」と言うこと。 カーテンコールは通例アンサンブルから助演、主演の順で登場するから、<どん底>でチェ・ウヒョクは演技経歴数十年の先輩俳優を先に立たせた後一番最後に登場する。 「尊敬する先輩と一つの舞台で呼吸を合わせることだけでも幸せです。 そんな方々を置いて私が一番後で出てきてもいいのか、と考えたりしました。 最後に歩いて出る時恥ずかしくないように最善をつくしています。」 このように死に物狂いで演習に臨んで見ると、日程が終わる頃にはあごを出す。 重い劇の雰囲気中に染み付いて見ると気持ちはもっと沈む。 演習室から家に帰って来る道には笑いをたたえる余力さえない。 しかし運動選手のように自分を追い詰めるチェ・ウヒョクにはかえってさっぱりするように感じられる。 自分が大変なほどチケットの値段に見合うことをしているという気がするからだ。 「私を見に来てくれる方々に俳優としてこれ以外にして差し上げることがあるでしょうか? しかも少なくない価格を支払って公演を見に来てくれるのに拍手までくださるじゃないですか。 すべての機運をすべて出し尽くしてくたびれたまま家へ来る度にそのことに対する申し訳ない心を少しずつ削り取っていくようです。」

チェ・ウヒョクにとって最速の目標は「打ち上げパーティ」のときに笑えるように、二か月あまりの公演を無事に終えることである。 その後彼はどんな選択で観客に楽しいときめきを抱かせてくれるだろうか? これからの計画に対して華やかな青写真を描き出す他の俳優とは異なり、チェ・ウヒョクは「思っているほどしょっちゅう立つことができないかも知れない」と言う案外の答を出した。 ただ「生きるための演技はしない」という確固な考えのためである。 「挑戦するに値する作品、そしてやりこなすことができるという信頼が生ずる作品を選択したいです。 それで焦って考えないようにしようと思っています。 舞台に立っていないとしても、その分後ろで努力しているはずだからです。」 彼の心を動かすミュージカルはどんな作品だろう。 「興行可否より「本当の作品」なのかを考えるようにします。 たまには出演する俳優さえしたがらない公演もあるんですよ。 たとえ有名ではなくて、大劇場に上がらなくても、甚だしくは観客があんまり入らないと言っても、俳優としてカタルシスを感じることができたら後悔なしに選択すると思います。」チェ・ウヒョクの選択する作品は彼を信じてということであっても見られるようにするという意志が込められた自信感である。 おろそかに歩みを急がないというこの若い俳優の愚直さがある限り、彼が歩いて行く道を容易に予測することはできなさそうである。 チェ・ウヒョクという俳優の予想しにくい展開図に対する期待で待つことを楽しむしかない。

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