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「どん底」ワン・ヨンボム演出さまの、また別のインタビュー^^

ワン・ヨンボムさんのインタビュー記事です。
<どん底>のことも少し語っていますが、主に演出家としてどのような心構えで仕事をしてきたか、について語っています。

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<三銃士>や<JTR>の韓国版はオリジナルに大分手を加えているということは知っていましたが、ワン・ヨンボム演出がほぼ全編を書きなおしているということまでは知りませんでした。
キム・スロさんと同期というのも初耳~~~。

全般的にとっても良いお話でした^^;

でも私は、日本版<フランケンシュタイン>の再演が決定したという記載についつい注目してしまう~~~^^



元記事はこちら → playdb


ワン・ヨンボムインタビュー① 良い作品が観客を呼ぶという信頼で

去る20日に進行されたワン・ヨンボム演出とのインタビューは、彼に対する多くの誤解を本格的に掘りだして解明した席だった。 時には商業的要求と妥協し、時には濡れ衣を着せられながら孤軍奮闘した末に、世の中に自分の真価を知らせた一人の創作者の長い戦闘記を聞く席でもあった。 25歳で初興行し、<三銃士><ジャックザリッパー>などを経て創作ミュージカル<フランケンシュタイン>で国内だけではなく海外でも実力を認められたワン・ヨンボム演出。 インタビューの一番目として彼の今までのヒストリーをいくつかのキーワードで振り返った。

青春の情熱を捧げた<ミュージカルどん底>

彼は幼いころからまさに演出家であった。 特技自慢をしても、合唱大会に出ても、常に指揮して演出する役目を引き受けた。 自然に大学専攻も演劇映画科に決めた。 死ぬほど殴られる覚悟をして両親にその考えを明らかにしたが、父親が押し黙って「一匹、出ると思った」と言った。 後から分かったことであるが、一族の大人の中に映画アシスタントディレクター、モデル、歌手など「才能」ある方々が多かったのだ。

<どん底>は彼にとっていろいろな面で格別の作品である。 大学1年生、教授が渡した<どん底>台本を持ってキム・スロ、イ・ジョンヒョクなどソウル芸大93学番の同期と野宿までして作品の中にすっかりはまって過ごした。 純粋で熱い情熱をすべて捧げたあの時の思い出のため、十数年後、公演をやめなければならない状況で<どん底>を思い浮かんだという。

「家の事情が悪くなって、私がお金を稼がなければならない状況になったんです。 弟が私に「お金は私が稼ぐから、兄さんは演劇をして」と言うんですよ。 その言葉を聞いて、むしろ演劇をやめる事にしました。 長男である私がお金を稼がなくてはいけないと思ったんです。 あの時、最後にしたしたのが<ミュージカルどん底>でした。 文芸振興基金1000万ウォンをもらって、500万ウォンは劇場の賃貸料として出して、500万ウォンでチケットを刷りました。」

周囲ではみんながいぶかしがった。 どうしてそんな悲劇をミュージカルとして作るのかと言った。 当時ミュージカルは明るくて楽しい作品しかなかった。 しかしワン・ヨンボムはただ作りたいままに作品を作った。 どうせ最後だと思ったから恐ろしいこともなかった。 幕が上がると、80席規模の小劇場に毎日のように120人の観客が集まって来た。 小劇場ミュージカルとしては異例的に韓国ミュージカル大賞4部門にノミネートされ、音楽賞も受賞した。 大成功であった。

現実の苦みを味わった<カルメン>

しかしそれに続く仕事は彼に現実の苦みをたっぷり味わわせた。 <ミュージカルどん底>が成功すると多くの製作社が彼を訪ね、ワン・ヨンボム演出は公演をやめようとしていた考えを畳んでいくつかの作品を引き受けた。 その中の一つがミュージカル<カルメン>だった。

「開幕45日前に連絡が来ました。 その団体が違う作品を準備していたがダメになり、私に急に連絡をしたのです。 それで契約書を書いて45日で公演をあげました。 舞台製作コストを2千万ウォンしか貰えませんでしたが、若かった時だからそのまま甘受して熱心にしたんです。 公演もとにかく上手くいきました。 でも大きい投資者一人が公演を見に来て一言言ったのです。 「演出は左派か?」と。」

自ら「病気」と言うほどに、ワン・ヨンボム演出はどんな作品を引き受けてもその中で新しい話を再創作し出す癖(?)がある。 その時も彼は<カルメン>の裏面にあるスペイン少数民族の痛みに注目して彼らの闘争記を描いたが、その内容が投資者の目に障ったのだ。 結局ワン・ヨンボム演出は投資者の圧力に負けて重要な場面を削除しなければならなかった。 その事件で彼は希望通りの作品を作ろうとするなら「力」がなければならないことを悟った。

「刀」を研いで実力育てた<三銃士><ジャックザリッパー>

力を育てるため、彼はとりあえず作品が入ってくるままに演出を引き受けた。 そして実力を積んで行った。 <三銃士>は音源ライセンスだけ持ってきて、台本を新たに書いたし、<ジャックザリッパー>も初めから新たに書いた。 チェコに飛んで現地スタッフと30時間余り会議して彼らを説得し、彼らの認定をとりつけた。 それでも<三銃士>や<ジャックザリッパー>は一般観客の認識の中では相変らず「ライセンスミュージカル」だった。

「そのまま「チェコミュージカル」として作品を広報したのです。 シナリオはすべて私が書きましたが。 それでもとにかく私には幸運でした。 作業をたくさんやってみることができたから。 私の年にしては本当にたくさんしたと思います。 それは本当に運が良かったです。 感謝してます。」

そして2011年、創作ミュージカルを本格的に準備するために彼はワン・ヨンボムプロダクションを作って事務室を調えた。 そして創作ミュージカルを準備し始めた。 「今はプロダクションがたくさん生じましたが、その時は誰も創作に投資しませんでした。 それで私がしなければならない、と思って、あの時まで稼いだお金をすべて注いで作ったのが<フランケンシュタイン>でした。」

良い作品が観客を呼ぶ<フランケンシュタイン>

<フランケンシュタイン>を完成するにはぶっ通しで3年がかかった。 その間幾多の研究論文を読みながら勉強した分量だけでも2千枚を超えるという。 初演当時、製作コストが不足であるという製作社の言葉に彼は演出料も貰わなかった。 そのお金を舞台に使ってくれと言った。 彼にとって一番重要なことは作品の完成度であった。

そして皆が知っているように、2014年初舞台に上がった<フランケンシュタイン>は大きい成功をおさめた。 第8回ザ・ミュージカルアワード9部門を含めて大部分のミュージカル賞を荒し、興行にも成功した。 大劇場公演では初めて日本に輸出され、今年初旬に開かれた東京公演は公演が終わる前にアンコール公演が決まった。 何より彼を喜ばせたことは「良い作品は観客を呼ぶ」と言う信頼が証明されたということである。

「私が経験してみると、古くからの言葉は違わなかったようです。 結局は良い作品が多くの観客を呼ぶのだと思います。 実は韓日関係が良くないので、日本の観客が韓国作家の作品をどのように受け入れるか心配しました。 でも日本公演の有料観客シェアが95%以上でした。 2週目からはすべて売り切れたのです。 公演全回を見て台本をすべて書き取った観客もいます。 私たちが日本を容易に語りますが、日本は全世界で公演市場が三番目に大きい国です。 そんな国で公演が上手くいったということがとても感激的です。」

また初めに<ミュージカルどん底>

ミュージカル<フランケンシュタイン>の成功、そして商業的要求と妥協した過去に対する反省は彼を再び<ミュージカルどん底>に導いた。

「去年と今年<フランケンシュタイン>で幸せであった一方で、商業主義ミュージカルが崩れるのを見ながら万感が交差しました。 我が国のミュージカル市場で一番大きい問題は一部投資金が健全な投資ではなかったということです。 そこに対して製作社が賢明に対処することができなくて借金がさらに大きくなって、キャスティング費は大きくなるのに作品に対する投資は減って。 一番大変なのはともにするアンサンブル、クルーがお金をきちんと貰えないことでした。 私がその方たちに必ず共にしようと言ったのではないですが、とても申し訳ないです。 それで今後はそんな作業はできないと思いました。 初心に帰ろう、そのため<ミュージカルどん底>をするようになったのです。

<ミュージカルどん底>は業界に私の名前を知らせた初の作品でもありますが、妥協なしに私が正しいと信じることを追った若い時代の魂が入れられた作品です。 十数年ぶりに台本をまた取り出して見たら「私がこれをどうやって書いたのか?」と思う部分があります。 私も年を取りながら少しずつ妥協して、その妥協したものなどのため自ら傷つく時間を過ごしたじゃないですか。 そうでしたが、今になってあの時の台本を見てみると、すごく勇気があるのです。 それで若い日の私にたくさん学びます。」




元記事はこちら → playdb


ワン・ヨンボムインタビュー②「観客の悪評も理解・・・10年分の公演企画がある」

一つ目のインタビュー(上記)に引き続き、今回はワン・ヨンボム演出に普段の作業スタイルとこれからの計画などを尋ねた。 彼がインタビュー中一番多く言った言葉は「良い作品が観客を呼ぶ」だった。 1998年<三文オペラ>でデビューして今に至るまで彼は自らに、また観客に向けてその信念を証明して見せようと労力し、遂に証明した。 もう彼は下半期に初公開する<ベンハー>とそれ以後の作品を通じて本格的に自分ならではの創作世界を繰り広げて行くであろう。 多くの人々が彼の歩みに注目している。


Q:<ミュージカルどん底>が初演後12年ぶりに舞台に上がります。 その公演が今の観客にどんな作品として近付いたらと思われますか。

この作品をしながらとりあえず私がたくさん慰められます。 観客にもそうであったら嬉しいです。 この作品の中の人物は本当に最後まで、生のどん底まで行くんですよ。

原作と違い、この公演では登場人物が貧しくてどん底の生を生きるのではありません。 今の観客に貧しい生のどん底は見せてあげたくなかったです。 なので私たちの作品を見れば、人物がそんなに貧しく見えないです。 そして200席規模の小劇場ですが、ありえなく大くの製作コストを使ったので(笑)セットや舞台も決して貧しく見えないです。 もちろん資本主義時代で幸せとお金が切れない関係ではありますが、この作品では貧乏よりも心のどん底に焦点を合わせました。 人物が極限状況に処して自分の心のどん底まで降りる経験をなさることができるんです。 そこから来るカタルシスが他の作品にない独特の魅力です。

Q:以前の公演と変わるものがありますか。

以前の公演が10年前であるので、その間セリフの話術がたくさん変わりました。 例えば昔は言葉に助詞をすべて付けましたが、このごろは助詞をたくさん省略して言います。 これまでに韓国の言語がたくさん変わったのです。 それでそんな部分をちょっと修正しましたし、あの時公演して惜しかった部分をもう少し密度あるようにしました。 演出面においては作品をもう少し新しく見ようと努力しましたし。 それでもできればあの時の感動をそのまま伝えるのが目標です。

Q:普段観客の公演評価を捜して見ますか。

見たり見なかったりします。 (否定的な評価のある時は?) 私が不足だということです。 公演初期には特に評価をたくさん見ます。 もし私が見逃していることはないか、と思って。 そしてある時期が経った後は適当に見ます。

明らかなのは、観客の方々が公演を観て辛いとか不愉快なことがあったらすべて私の責任ということです。 もちろん私も私の主観で芸術をするのだから、観客が要求するままに作品を変えることはできないです。 でも観客は大金を出して来て公演を見るわけじゃないですか。 私の金を出して私が見るのですから、良い言葉も言えるし、悪い言葉も言えると思います。 公演が面白くなかったらサービスの主体である私が不足なのですよ。 千人なら千人の考えがみな違いますが、どうして称賛だけ受けようと思えますか。 それでもその中でより多くの方々に共感される話をすることが私の目標ですよ。

Q:俳優キャスティングに対する常日頃の考えも知りたいです。

私はチケットパワーは蜃気樓のようなものだと考えています。 チケットパワーで俳優を計ることはできないということです。 良い作品が観客を呼んで、「そのキャラクター」が上手な俳優がスターになると信じます。 もちろん商業的な部分を完全に脱して考えることはできませんが、それでも一番重要なことは、俳優がその配役が上手に演じるかであって、チケットをどれだけ売るだろうかではないということです。 チケットを先に考えれば俳優が自分の道を進めません。 商業的な論理に包まれてみると、自分が上手くできる役目を引き受けることができず、自分の光を失くすことが有り得ます。 それで俳優を評価する時はその俳優の能力だけを評価すればこそ俳優と作品がシナジー効果を出すと思います。 その信頼で<フランケンシュタイン>時は100%私が願うキャスティングをしました。

Q:演出家はリーダーとして幾多の決断を出さなければならない職業です。 選択の岐路に立った時、どんなことを重点的に考慮しますか。

正確な理由がなければなりません。 そうでなければ選択をずっと保留します。 それで私と働く人々は苦しがります。 私に決定障害があるのではないかと言うほどにです(笑)。 説得ができなければ決定を下さないんですよ。 でも私と長く作業した方々はそんな面が好きでもあります。 一か八かですから。 そして私の選択に対する責任は私が負いますから。 絶対に他人に責任を擦りつけないんですよ。 音響が間違っても、製作社が間違っても、私の責任ということです。 それで自虐がちょっとひどいのです。 すべて責任を負おうとするから。

Q:<二都物語>の公演を見て感動して演出を引き受けたと聞きました。 <ミュージカルどん底>もそうで真正性、真実のこもったメッセージに対する熱望が大きいようです。

いいえ、私は意外にあるメッセージを投げることはあまり好きではないです。 私が観客よりさらに立派な人ではないから、彼らに説教したいという考えもないです。 メッセージは観客の方々が公演を受容する過程で整理されるのです。

私はただその作品だけで見られる人間の話を盛り込んだ公演が良いです。 <フランケンシュタイン>もとても特別な話じゃないですか。 神になって見た人間と作られた人間の話。 そのようにその作品だけで見られる人間の姿、人間と人間の関係、彼らの痛みと喜びのある作品が良いです。 それで私の作品に涙も笑いも多いのだと思います。

Q:下半期に演出するミュージカル<ベンハー>はどんな作品になるでしょうか。

<ベンハー>はある民族が自由のために戦う方法論に対する話です。 ローマに征服されたユダヤ人がローマから独立する過程、その過程で彼らがどんな方法論を選択したのかに対する話です。 映画ではベンハーという人物がとても大人であるように描かれますが、私はそのようには見ませんでした。 普通で愚かな人間の姿をたくさん見たんですよ。 そんな人物が自分の運命と出くわす姿を描こうと思います。

<ベンハー>という作品にはあまりにも力があります。 映画も良いですが、私は小説のほうがもっと好きで、そこから多くのモチーフやアイディアを持って来ました。 私が今作っているミュージカルにも神話的なエネルギーが一杯です。 <フランケンシュタイン>が二人の男の話であったら、<ベンハー>は単なる「男の話」になると思います。 男がどのように自分の運命に対処して、その運命をかきわけて行くのかの姿。 そうしてみたら意図したわけではないですがアンサンブルをすべて男優だけで構成しました。 多分こんな公演は初めてだと思います。

Q:ミュージカル演出を夢見る後輩に言いたいことがあったら。

あきらめない自信があったらとしなさいと話してあげたいです。 世の中にはその人が演出家になることを願う人が誰もいません。 なぜならこれは余剰産業です。 食べるものをすべて食べて、見るものすべて見たあとで、お金が残ってする産業です。 外国では公演やコンサートを見ることが文化生活の必須要素に入って来ていますが、我が国ではまだそうではないようです。 それで大変なのですよ。

ところでこちら(大劇場ミュージカル)へ越えて来る後輩もあまりいません。 最近の学生たちは大学を卒業してからすぐ何かになろうと思うんですよ。 それで小劇場の方では目立つ人はすごく多いです。 でも大劇場は全然違うんですよ。 人力構成も違うし、運用方式も違います。 大劇場の演出をするためにはアシスタント生活をしながら慣れて行かなければならないものなどが確かにあります。 あきらめない自信がなければ、そして下から上って来ながら十分な経験をしなければ絶対できないという話をしたいです。

Q:最後に<ミュージカルどん底>と<ベンハー>以後の計画は。

10年分の計画があります。 今年<ベンハー>を始まりに、毎年あるいは隔年で作品を一つずつあげます。 原作がある公演もあるし、はじめから創作した作品もあります。 興味津々な新作で観客の方々にあえると思います。
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