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マイクル・リー&キムドンワン インタビュー記事(ザ・ミュージカル5月号掲載)

韓国のミュージカル専門誌「ザ・ミュージカル」5月号に掲載されたマイクル・リー&キム・ドンワンのインタビュー記事をご紹介しますね^^

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いつもたいていそうなんですが、今回の記事も2割くらいは間引かれていると思います。(雑誌記載記事と比較して、です^^;)

舞台の予習になりそうな内容は
●ポーの最後(死の原因。あくまでもこのミュージカル作品上の。)
●ライバルであるグリースウォールドは「牧師」
ということくらいでしょうか?^^
でも、クーピングという行為を知らないと、ラストがわかりにくいかも。数人に引きずりまわされた挙句・・・ということは観て分かるとしても「何のために」引きずりまわされたのか、がわかりにくいですもんね?^^

ということで。予習には必須の記事だと思います!^^


元記事はこちら → ザ・ミュージカル


<エドガーアランポー>マイクル・リー、キム・ドンワン 完璧な芸術の悲哀

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非運の天才作家エドガー・アラン・ポーの生が舞台に上がる。 ポーのドラマティックな生を強烈な舞台と音楽で表現したミュージカル<エドガーアランポー>。 今回国内初演でポー役に同時に名前をあげたのはマイクル・リーとキム・ドンワンである。

2013年<壁抜け男>で一緒にデュティユル役を引き受けて縁を結んだ二人の俳優は、もう一度同じ役で会い同じように他の魅力をプレゼントする予定である。 19世紀を風靡した作家エドガー・アラン・ポー、マイクル・リーとキム・ドンワンが彼と触れ合っている接点は何だろうか?




マイクル・リー いつでも更に一歩進み

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久しぶりにまたブロードウェイで公演するのはどうでしたか? 何か新しく感じたことがありますか?
私が感じるに、韓国とアメリカの公演システムは似ている面が多いです。 とても似ています。 それで特別に新しいと言える点はなかったです。 でも私にとって慣れた言語である英語で楽に公演しながら、韓国にいる間に悟ることができなかった事実を一つ分かるようになりました。 韓国で活動する去る3年間私を大変にさせた問題、言語障壁が自分自身をさらに強い俳優にしてくれたということです。 常に発音に気を使って、相手の言葉を注意深く聞こうとしたことが俳優として私を成長させたと思います。

<アリージャンス>が去る2月に幕を閉じたからほとんどすぐ次の作品に入って行くわけですね。 せっかくニューヨークへ行ったのに、もう少し休息がほしくはなかったですか?
うーん、ニューヨークでさらに時間を過ごしたくなかったです。 妻と子供達が韓国にいたんですよ。 <エドガーアランポー>を始める前にまた韓国に適応する時間が必要でもあったんです。 そして私は俳優が長く休めば俳優としての感やオーラを失うと思う方です。 基本的に働くのを楽しむタイプであるから、2ヶ月なら十分な休息をとったと思います。

復帰作で選択した<エドガーアランポー>は韓国でよく知られていない作品ですが、この作品のどんな点にひかれましたか?
まず音楽が本当に美しかったです。 アランパーソンズプロジェクト(イギリスのロックバンド)のエリック・ウルフソンが曲を書きましたが、幼い頃からロックにポップ的な感性を溶かし出す彼の音楽スタイルが好きでした。 自ずから作品に心が行ったんです。 また、エドガーアランポーはアメリカで生まれて育った私にとって親しい人物なので、このキャラクターを韓国の観客に紹介する任務を引き受けたいという考えもありました。

ポーがアメリカ文学史で除くことができない作家なので、アメリカでは育ちながら彼の作品世界を学ぶんです。 私も幼い頃ポーの詩と小説をたくさん読みましたが、作品の中では短編「暴露させる心臓」が一番好きです。 人間の罪責感を扱った心理スリラーです。

エドガーアランポーは苦痛と不幸が連続する生を生きて行った芸術家として知られているじゃないですか。 孤児、暴飲、精神錯乱症、妻の死など、彼の屈曲した人生を説明するさまざまなキーワードの中で一番先に心に入って来たのは何ですか?
キャラクターを作るのにヒントになったのは、ポーがとても幼い頃孤児になったと言う点です。 父親は彼が二歳の時に家族を捨てたし、母親も同じような時期に肺結核で死んだんです。 一番愛されなければならない幼い時期に愛を奪われてしまったわけですが、実は彼は人生終始そうです。 大人になった後は自分を育ててくれた養父母に捨てられて、愛する恋人たちとのロマンスも不幸であったんですよ。 ポーの人生は自分が愛する、そして彼を愛してくれる人々をずっと奪われる過程の連続ですが、これが彼の作品スタイルに影響を及ぼしたと思います。

ポーがどうしてそのように人間の暗い面に対する作品を書いたのか悩んでみれば、彼の無意識の中に潜在された悲しみと恐れが反映された結果ではないかというんです。 実は愛というのがすべての感情とつながれているじゃないですか。 愛を成そうとする欲望、愛されることができなくて生ずる憎しみ、愛を失うという恐れ、こんなものなどがポー作品の土台を成していると思います。

俳優としてポーのように暗くて憂鬱な芸術家を演技するのはどうですか? 苦しむ芸術家とロマンチックな芸術家、二つの中でどちらにさらに魅力を感じるのか知りたいです。
どうしても暗い芸術家タイプを演技するのが心に響きます。 自分自身を敢えて不運な芸術家とすることはできないが、何か願うことを得るために身悶えする経験には共感することができるんですよ。 そしてそんな奮闘する経験が芸術家をもっと成長させると思います。 極めて個人的な意見ですが、愛が生にインスピレーションを与えたら、愛の喪失はインスピレーション以上の何かを与えるようです。 生の真実は苦痛の中で咲き始めると思います。

ポーが感じた愛の喪失を想像するために、あなたの中から引き出した記憶がありますか?
本当に幸いなことに、まだまだとても近い人を失う経験をしたことはないです。 両親もまだ生きていますし。 しかしポーが芸術家として感じた喪失に対しては全面的に共感することができます。 私がする演技という仕事も決して至ることができない目標に向けてずっと進むのですよ。

まるで終りがない旅程のようです。 私がポーを尊敬する部分は自分が愛する芸術に向けて全身を投げたという点です。 それが彼を結局狂わせるけれども。 仮に芸術家だけではなく、誰でも自分がする一つの仕事にあまりにも深くハマってしまえば結果的に自分自身を失くすようになると思います。

あなたは均衡を失わないで進む方法を探したのですか?
はい、私は芸術家もある一方の中心を失わないで生きて行く方法を探さなければならないと思います。 もちろん方法はあります。 私の場合は美しい妻と二人の子供達がいるから、仕事だけで生きていくことはできないです。 パパとしての役目、夫としての役目も重要であるからです。 家族たちは常に私という人がある程度現実に足を触れさせてくれています。 私を安定させてくれる大事な存在ですよ。

ポーは妻バージニアが死んだ後、彼女の墓を徘徊するなど疲弊した生活を続けたと知られています。 ポーにとってバージニアはどんな意味であったと思いますか?
ポーはバージニアがやっと15歳という幼い年令で彼女と結婚したでしょう。 ちょっと複雑な関係と言えます。 さらに二人が結婚する当時バージニアが非常に辛かったのに、ポーは彼女と結婚することを願いました。 辛いバージニアと結婚して彼女を面倒見たがったんです。 自分が親に貰えなかった愛をバージニアに与えたかったようでもあります。 バージニアをよく面倒を見て彼女の病気を回復させれば自分の人生に生じた穴を補えるのではないかという考えで彼女を愛したのではないかと思うのですよ。

ところでおもしろい点は、バージニアをよく面倒を見る事にして彼女と結婚しましたが、そんな心の一方で芸術家として認められたかった欲望が大きかったということです。 ポーは最初に専門作家として生きると宣言してから貧しい生を生きたんです。 ある意味自分の自尊心を守ろうとしましたが妻が死んだから彼女の死はポーを完全にぶっ壊します。 バージニアの死は彼に芸術家としての失敗もずっと浮び上がらせたからです。 バージニアが死んでからこの男がいくら深い罪責感と深い苦痛の沼にはまったのか想像することができます。

今作品では誰かの妬みの対象になる天才を演技しますが、今まで生きて来てあなたを反対の位置に載せた事件や人がいますか?
嫉妬や妬み心は誰にもある感情です。 でも私の考えでは、ある相手を嫉妬する心は結局その自分の中から出ると思います。 誰かに嫉妬心を感じる時、俗に私が持つことができないものを相手が持っていると思いますが、その人が何かをさらに持っているのではなく私が何か不足なのですよ。 嫉妬心をコントロールすることができるという話はちょっと変であるかも知れませんが、私は誰か羨ましい気がすれば不足な部分に対して振り返る方です。

ポーの死亡原因は未だにミステリーとして残っています。 心臓病、暴飲、脳出血、クーピング(*1)などさまざまな推測があるだけです。 ミュージカルは彼の死として不正選挙運動に巻き込まれてやくざに殴られて死ぬクーピングを選びましたが、クーピングは見方によっては一番虚しい死だと言えるじゃないですか。 どうしてこんな終結を選んだと思いますか?
実はどんな死で劇を結末つけるとしても、特に違う結果を作り上げたとは思わないです。 ただ、私たちの作品が選んだポーの死は言葉とおり人々に叩かれて死ぬことと見ることもできますが、ポーと彼の芸術を絶えず無視した人々が結局は彼を叩いて壊してしまったという隠喩的な表現になりうると思います。 ポーは芸術家の権利に対して絶えず闘争しましたが、大衆は彼を無視したし、それが彼を死に駆って行ったと言えるのですよ。 作品に似合う良いエンディングだと思います。

(*1)クーピング(cooping):当時の選挙で、立候補者に雇われたならず者が旅行者や浮浪者に無理やり酒を飲ませて投票所に連れて行き、場合によっては数度投票させていた行為のこと。

最後に、あなたにとって今まで最大の影響を与えた芸術家は誰ですか?
歴史的に天才的な芸術家は本当に多いですが、私の個人的な生に影響を与えた人を挙げようとすると、作曲家スティーブン・ソンドハイムです。 彼が言語と音楽を一つに結合する方式は本当に天才的です。 運が良くもこの前ブロードウェイでソンドハイム作品をしながら彼をそばで見守る機会がありました。

普段は私たちとまったく同じく話す良い人ですが、頭の中は普通の平凡な人々が全く想像することができない世界を持った人でした(笑)。あ、そしてすべての親がこのように思うかも知れませんが、私の息子は私に本当に大きなインスピレーションをくれます。 長男が考えるのを見れば私と違う脳構造を持っているようだという気がしたりします(笑)。




キム・ドンワン 私を率いて行く気運

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この間ヒマラヤ旅行に行って来たと聞きました。 何が一番印象的でしたか?
ヒマラヤで神を感じました。 言葉で説明するのは難しいです。 行って見れば分かることができます。 神がいるなぁ! 私は旅行に行く時、常に大きい自然がある所を探すんですよ。 自然から運を受ける旅行が大部分です。 私はミュージカルをする時や作品をする時、完全に私の力でできると思わないです。

何かの影響を受けて、私がそれの媒介体になった時、演技がよくできます。 特にヒマラヤは神々が集まる所といわれるじゃないですか。 実はある旅行はとてもくたびれて大変でもあります。 でもヒマラヤは本当によく行って来たと思います。 何か感じが来ました。 その方がいらっしゃったのです(笑)。

ヒマラヤはどんなきっかけに行くようになったんですか?
常に行きたかったです。 実は幼い時は人が死ぬこともある所だから恐ろしいとも考えました。 でもこのごろしきりにさまざまな挑戦をして見たら、挑戦に中毒になるんですよ。 危ないからむしろさらに行きたかったです。 <エドガーアランポー>に参加したことも同じ理由です。 挑戦に中毒になった時期だったんですよ。 実は初めは国内初演であるうえに作品がとても難しく見えてできないと断りました。 そうして挑戦が良くて旅行も行って見たら、後になって考えが変わりました。 芸能人として、作品に挑戦すること位大きい挑戦がないんですよ。 それで決心したんです。

これまでの出演作と比べた時、<エドガーアランポー>ならではの魅力は何ですか?
まず作品が暗いです。 ダークな魅力? 歌もとてもミュージカルらしくないです。 もう少しポップ的です。 何より大きい魅力はノンフィクションということです。 ポーは実存した偉大な芸術家じゃないですか。 私は元々ノンフィクションが好きです。 フィクションは想像の中の感じですが、ノンフィクションは実存人物と私が触れているような感じがするんですよ。 死後世界で彼が私に信号を送るようです。 「私はこのためにこのようにしたのだ。」

ポーの作品の中で何が一番記憶に残っていますか?
「黒猫」。 ポーの小説を見れば、犯人をあらかじめ話した後にストーリーを細かく見て行くスタイルです。 私が感じるにはポーは当時の文化芸術界の人々と違う方式で表現したかったようです。 私は違う! 文学界の法則を壊したかったアウトサイダーだったということです。

ドンワンさんも普段法則を壊したがらないのですか?
私は法則を壊したがらないです。 代わりに、退屈になりたくないです。 退屈な方法が繰り返されればそれに耐える事ができないです。 例えば、私が童謡をずっと歌って人々が好きであったです。 それで普通の人々は童謡が売れる限りずっと歌います。 そうする時、私は売れないものでも他の歌を歌って見たいです。 こんなスタイルなので、失敗もたくさんしたし、運が良く成功もたくさんしたんです。

ポーの人生で一番共感できる部分と理解しにくかった部分は何でしょうか?
とても偉大な芸術家なので、共感の行く部分はほとんどなかったです。 大部分が理解しにくかった場面でした。 特にいとこバージニアと愛に陥った件、理解するのに時間がかかりました。 その頃アメリカでは有りがちであった事ですが。

ポーはバージニアの死に悲しんで、「アナベル・リー」という力作を発表しましたが、この作品を土台にして推測してみたら、ポーの生で愛はどんな意味を持ったと思いますか?
周辺の芸術家や芸能人、あるいは運動選手の話を聞いてみれば二つの場合があるんですよ。 愛が自分の仕事に均衡を取ってくれる場合があって、むしろ愛が妨害になる場合もあります。 ポーは愛に対して肯定的であったようです。 愛が芸術の媒介体になったようで、愛したことだけでよく生きることができたんです。 憂鬱で妄想一杯な魂とは相反するように、愛に対する情緒だけは安定的であったんです。 私が羨ましがるスタイルです。 愛についてだけは良い性向を持った芸術家のようです。

ポーはとても悲劇的ながらもドラマティックな人生を生きたでしょう。 最近自分の人生がドラマティックであると感じた瞬間がありますか?
ドラマチックの可否を言おうとすれば、私の人生を観客の時点で眺めなければならないと思います。 大部分の人々が本人の生が退屈であると思うじゃないですか。 私の生も自ら思うのに平凡ですよ。 「私は一人で暮す」を初めて撮影した時も、私の人生がおもしろいかと思いました。 実は私はみんな私のように暮らしていると思ったんですよ。 どうせ一回だけと思って出演する事にしたのに、私の予想と違い視聴者の反応が良くて固定で出演するようになったんです。 でも私は私の人生がドラマティックなのかよく分からないです。 あまりドラマティックに行きたくないんですよ。 私は意外にとても平凡です。

ポー役を引き受けた三人のキャストの個性が各々違います。 それぞれどんな差別化を成しましたか?
マイクル兄さんは常にスタンダードを作って行きます。 <壁抜け男>公演を共にした時そうでした。 横で見て、メモするだけでも大変役に立つんですよ。 今作品でもマイクル兄さんはスタンダードな劇を見せてくれるようです。 私もマイクル兄さんを基本に準備するつもりなので、多分兄さんと色が似ているんです。 一方(チェ)ジェリムさんは色がかなり違うようです。

もう少し強いキャラクターになるのではないでしょうか? まずもう少し演習をしてみると分かると思います。 多くの人が出演するミュージカルは<壁抜け男>以後初めてです。 <壁抜け男>は多くの人物と対等に対決する場面がなかったですが、今作品はずっと他のキャラクターと花火を散らしながらぶつからなければならないんですよ。 その点が期待されます。

グリースウォールドはポーをライバルと思い、彼を破滅に導くじゃないですか。 グリースウォールドとの関係はどのように解釈しますか?
グリースウォールドは単純な悪人ではないです。 牧師様でもあったから、自分の信仰を基準にしてポーを見下したのです。 ポーを憎んだのではないです。 「私の信仰であの人を直さなければならない。あの人の文章は悪い」こんな方式で表現した人です。 でもこんなライバルや反対勢力はむしろポーにとって刺激になったようです。 私もこのような時があるんですよ。 苦痛が常に悪いのではないから!

演習を始めながら感じるようになった実質的な難しさは何ですか?
あまり感情に振り回されてはだめだということです。 台本にこんなセリフがあってキャプチャをしておきました。 「誰も見に来ないピエロにもうそれ位にして終わらせなさいというその短い一言が聞こえるね。」 芸能人なら実は一回くらいは感じた感情です。 こんな歌詞が一つ二つではないです。 もちろん私はポーのような芸術家ではないですが、芸能人として共感することができる部分が多かったんです。 こんな側面であまり私の感情にハマってはいけないと言う気がしました。 キャラクターとして作品に同化されなければならないじゃないですか。

自分が芸術家であると考えた事はないですか?
私は本当の芸術家ではなくありたいです。 芸術家は本当に芸術家のように生きたでしょう。 私は職業芸能人になりたいです。 専門的に働いて、終われば旅行に行って。 今もそのように生きようと訓練しています。 旅行に行くと確かに遊ぶことができるんですよ。 旅行に行けばお酒に口もつけないです。 食べる必要がないんですよ。 本当に幸せで! ソウルにいれば芸能人と言う名目の下であまりに浮かれ興じて過ごすようですよ。 それがすごく嫌で、しきりに旅に出るんです。

旅行をすれば何か記録を残したいでしょう。 ポーのように文を書きたくないですか?
私は主に映像に残します。 私が文はうまく書けないです。 フェイスブックに何かを書いたりしますが、文をうまく書くことは他の次元みたいです。 この前フォトエッセイを出した事がありますが、とても大変でした。 書き物をする訓練も必要で、本当に長い時間念を入れなければならないという気がするんですよ。 次はフェイスブックにあげた私の考えをアップロードしないで集めて本として作りたいです。 一五年後くらいに。 書き物をすることに関心は高いですが、文をうまく書きたくてではなく、頭の中の考えを整理したくてです。

今回の公演以後の計画は何ですか? またどこに旅行に行くんですか?
神話のアルバムが秋に出るんです。 そしてまたヒマラヤ・エベレストに行こうと思います。 エベレスト登頂が今の私の夢です。 実はファンは危ないと嫌やがります。 それでもエベレストで死ぬくらいなら一度行って見ますよ。 神が来なさいということなので。

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