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「キルミーナウ」イ・ソクジュン&ユン・ナムインタビュー

<キルミーナウ>出演俳優さんのインタビュー第2弾!
今回は、イ・ソクジュンさん&ユン・ナムくんのインタビューです。
ストーリーのネタバレは前回と同じくあまりありません^^;

記事の最後にインタビュー映像を添付しておきました^^

<キルミーナウ>は今回観れないと思うのですが、再演、または今回の出演俳優さんたちの別の作品に対する興味も湧いてきました。次回に期待しよう~~~。



元記事はこちら → newsculture


[キルミーナウインタビュー②] イ・ソクジュンン-ユン・ナム「誰かの特別な事情ではなく君と私、私たちの話」

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じっくり言葉を引き続く終始笑いが鎭まらなかった。 愉快な話から真摯な考えまで。 毎質問真心を込めて返事しようとする二人の俳優の心があったからである。 お互いの言葉に耳を傾けて応じる姿からともにする楽しさが感じられたりした。 先輩は後輩に、後輩は先輩に多くのことを学びながら歩いて行っているという二人の男。 俳優イ・ソクジュンとユン・ナムだ。

<カポネトリロジー>以来二回目の出会いである。 初めて出会った当時、すでにお互いから多くのことを学んだという人々が父と息子として一つの舞台に立っている。 障がい者の性、障がい者家庭の現実、人間らしい生に対する問いの中にこの世を渡るすべての人々の痛みと共感を溶かし出した演劇<キルミーナウ(演出オ・ギョンテク)>を通じてだ。 非常にためらったが出演したのは良かったと口をそろえて言う二人の男から作品に対する深い話を聞いてみた。


-まずこの作品を選択するようになった理由に対して話してください。

ユン・ナム:ある瞬間そんな考えをしました。 人々は他の人から受けることに慣れていると思います。 しかし愛は誰かと分けあう時さらに幸せではないでしょうか。 誰かと分けあいながらさらに大きくなる幸せを感じたいという考えをしました。 常に受けることにだけ慣れた私たちがさらに大きい幸せを探して行くことができる方法があるのではないでしょうか。 私自ら、そして観客の方々に質問を投げて見られるという感じがあったんです。

イ・ソクジュン:初めて作品を読んだ時はすごく辛かったです。 息子が身体的な障害があるので、そこに焦点が合わせて読まれる部分が多かったんです。 完全に障害に対する話であるかどうかわからなくて「どのようにうまく伝達することができるだろうか。障害を持った方々に迷惑がかからないように演技することができるだろうか」と思う悩みがあったんです。 でも結局はすべて辛い人々の話だと思いました。 実は無欠に見える私たちも障害を持っていると思ったんです。 私たちが抱く悩み、傷を思い浮かべて私たちの生にどんな質問を投げることができるか悩んだんです。 この作業自体が「平凡であること」そのものであったから観客にさらによく近付くことができるのではないかと思いました。

-舞台で出す感情的エネルギーも特別であると言っていましたが?

イ・ソクジュン:涙を堪えるのが一番大変です。 私はこの作品がたんたんと進んでほしかったんですよ。 感情が道を超して、これが新派劇に行けば観客の役目を奪うものになるのではないか心配になりました。 しかし練習する時もそうですが、今も泣くのを堪えるのが一番大変です。 特に(ユン)ナムや(オ)ジョンヒョクが最後にパパの本を読む時はとても悲しいです。 私が意識を失った状態で聞かなければならないから涙をぐっとこらえます。

ユン・ナム:私もそうです。 涙がしきりに出ますが、ユン・ナムではなくジョイとして立っていなければならないですから。 そして人が本当に大変で難しい状況にあれば、むしろたんたんと自分の話をするようになると思います。 勝ち抜けるために力を出すつもりで。 ユン・ナムという人の感情に酔わないで、ジョイをありのまま、現実的に描き出すために努力しています。 大変なことを分かって始めましたがやっぱり大変でした。 もちろんそれ以上に幸せを感じています。

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-軽くない素材を扱います。 演習過程はどうであったのですか?

ユン・ナム: 深刻な障害を持っている子を演技しなければならないということ自体が恐怖でした。 本当に障害を持った方々が来て私の公演を見た時を思い浮かべるので恐ろしくて震えました。 「どのように道を進むか」悩んだ時、幸いに多くの方々が助けになりました。 障害がある方々も心の深い所には本当の魂があると思いました。 ジョイもそうです。 特殊な環境がありますが、彼に制限されない質問を投げて、また声を掛けることができる作品として近付きました。 ジョイの話で観客と一緒に話し合おうという意志もありました。

イ・ソクジュン:テーブル作業が長くかからなかったです。 ジ・イソン作家が、私が原作で見た不便なポイント、連結環を柔軟にさせてくれました。 アイスクリーム。 ロビンとジョイの本。 ベッド等々。 原作にはサブテキストで隠されているとか大きく目立たない話、無いものなどを水面上に引き上げて滑らかに整えられたんです。 とても良いので初リーディングの時みな涙が溢れてしまって「これ深刻だよな」と思うくらいでした(笑)。

-それぞれジェイク、ジョイという人物に対してはどのように近付いていますか?

イ・ソクジュン:ジェイクは平凡な父親です。 思春期を経験している息子を持って、ある瞬間子供を面倒見られなくなったパパの話と思いました。 ところで深刻な障害があって深刻な決断を出したと思ったら壁にぶつかりました。 「必ずそうしなければならないのか」という心に理解できなかったりしたんです。 でもこれを一人の男性が経験する自我の崩壊、子供を面倒を見られない親の心として近付くから解けて行ったのだと思います。

またジェイクが結局水に浸りながら尊厳性に対して話しますが、それがまた以後の悲しみを抱いて生きて行く人々の話ではなく「このようにすることもできる」と疑問符を投げて終わる感じだから良かったです。 観客に質問を渡してその次の話をよく組み立てて行くことができるように最善をつくしています。

ユン・ナム:1幕と2幕を区分するなら、パパが痛くなり始めた前後ではないでしょうか。 ジョイは普通の子供達のように思春期のコンプレックスを抱いていて障害があってさらに腹で感じる子じゃないですか。 性的にも反応が来るのに何もできないからすごく鋭敏になっています。 独立したい心もそうです。 しかしパパが痛くなり始めながら変化が生じます。 その基点がジョイにはターニングポイントだと思います。

台本を見て感じたジョイはとても利口で利害に抜け目がなくさとい子です。 だから一人しかいないパパの身が固くなった後「これからどうやって生きなければならないか」悩んだわけで、それもやはりジョイが成長する一部分だと思いました。 だんだんさらにこの子が自ら成長することができるようになる足場が現われことなのに、身体は閉じこめられていますがジョイの魂は本当ということ、そしてパパによって大人に成長して行っているということを見せてあげたいです。

-イ・ソクジュンとユン・ナムにとってジェイク、ジョイに似ている点がありますか?

イ・ソクジュン:父親だから。 子供の考えがとてもたくさん出ました。 私の子供が六歳なんですが、何をするにしても手が必要な年齢です。 しかしこの作品は本当の私を引き入れようと思わなかったです。 ジェイクの痛みと状況を練習して代理することだけでもとても苦しくて「もし私なら」こんな考えをしなかったんですよ。 合わせて私がそんな考えをするのが実際痛みを経験している人々の心を覆い隠すとか傷にさらに触れるのではないかと心配しました。 それで私自身を持って来てさらに感情的に見せてあげようと思うよりは、どのようにすればノーマルに解くことができるか悩みました。

ユン・ナム:私は障害を持っていませんが、身体的に心や心理で見た時はすごい劣等感を感じています。 生きて来ながら私の意の通りに何かがならない状況があるとかする時、他人と私を比べるようになることあるじゃないですか。 すべての人はそんな部分が少しはあると思います。 それでジョイと私の共通点がそんな劣等感だと思いました。 劣等感があるから人は完全ではないですがさらに熱心にするようになることもあるじゃないですか。 でも(イ)ソクジュン兄さんのように私もドキュメンタリーのように私を盛り込んでするより、このメッセージ、心の伝達にさらに重さを置きました。

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-観客が共感する理由の中の一つは「家族」を語っているからではないでしょうか?

イ・ソクジュン:もちろんそうです。 私も家族に対してたくさん考えるようになるから。 お父さんと風呂に入った単純な記憶が思い浮かびます。 この劇ではファンタジー的に描かれますが、ジェイクとジョイがゲームをして、そんなこともすべて平凡な記憶じゃないでしょうか。 私もまったく同じく反抗して見たし、父は悲しんだし。 私たちがとても当然だと思うそんな記憶が自然に浮び上がるから観客もたくさん共感するのだと思います。 私たちも練習する時ずっと心を引き締めたことは「この話は誰かの特別な事情ではない」ということでした。 君と私、私たちの話ということです。

ユン・ナム:誰も一人でこの世の中に出た人はいませんから。 最後のカーテンコールの時、暗転になるじゃないですか。 私は公演をしながらそんなに大きい慟哭を聞いてみたのは何回もないです。 もちろん悲しい場面ですが、それ程に涙が出るのは心が動いて共感をしたからではないでしょうか? 私たちも観客の方々も父親、母親になる人で、誰かの子です。 小さな思い出がずっと思い出すようです。 私も父が演劇映画科に行くと言った時、食事している途中スプーンで殴ったのが思い出されます(笑)。

-ジェイク、ジョイだけでなくトワイラ、ラウディ、ロビンまで平凡な生を望んでいます。 平凡さに対してどのように思いますか?

イ・ソクジュン:このごろ社会はとても個人的じゃないでしょうか。 敢えて貧しい隣りの人ではないとしても、誰かを助けるというよりは自分を先にめんどう見るのに忙しい社会ですよ。 今では家族も崩壊し始めました。 家族にも私の時間を使って心を与えにくくなったようです。 皮肉としか言いようがないが、何の問題がないと感じる人々も「平凡な人々がこうなのか?これが平凡なのか?」と言いながら争います。 自分が正常ではないと言いながらも平凡なことを願うのでしょう。

そんな点で私にこの公演の与える意味はそんな関係に対する回復でした。 私たちはお金、家族、仕事に轢かれて生きながら重要な価値を失くして暮します。 回復のためにお金を儲けますが、ますますさらに遠くなるのです。 <キルミーナウ>には誰かの話を聞き入れようと努力した人々が集まっています。 私はこの公演を見ればどこかに遠く残っていた家族、他の誰かとの親密、可愛らしさ、温みが湧き上がると思います。 それを逃して生きて行く惜しさを感じられることを願います。

ユン・ナム:兄さんのお話のように誰かに愛を与えようとすれば愛をよく受けることも重要であると思います。 しかし私たちは愛されながらも受けているか分からず生きて行っています。 もちろん愛を与えようとすれば心的に余裕がなければならないですが、それにもかかわらず他人達の話に耳を傾けてくれることができるということ。 そこで平凡な幸せが始まるのではないでしょうか? 私もそのように行きたいです。

-観客として見た<キルミーナウ>はどうでしたか?

ユン・ナム:私はファンタジー場面を見てとてもじーんとしました。 「ジファーゴ(ジ・イソン作家+アルファーゴ)」の力です(笑)。原作にない場面ですがこのように心を打つことができるかどうかと思いましたし、作家がどうしてその場面を入れたがったのか分かりました。

イ・ソクジュン:他人の公演を見てたくさん泣くスタイルではないです。 でも大声痛哭をしました。 予想したより公演がすごく良かったです。 特にラウディ、ロビン、トワイラがとても感動的でした。 この人々が公演の息の根を開けてくれたり、また完全に彼らとして存在する力も持っているんです。 だから明るいシーンで涙が出るんですよ。 見てからその友達にありがたいという話をたくさんしました。 公演をとても豊かにしてくれています。

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-ともにしているまた別のジェイク、ジョイとの呼吸はどうですか?

イ・ソクジュン:(オ)ジョンヒョクは驚くべき友達です。 初リーディングを忘れることができないのですが、普通内容把握のためのドライリーディングをするのにもうこの人は感情をすべて積んでしているんです。 幾多の考えと演習をして来たことが目に見えたんです。 その後も補充演習もためらわずにして先輩の話も注意深く聴いて舞台に移すんですよ。 恐ろしいと思うほどに発展速度を感じました。 私の偏見を咎めるほどに本当にきれいであったんですよ。 舞台が大好きなことが見えるから、それがとてもありがたくて可愛らしいです。 ジョイとしてもその年代が持つことができない重みを持っています。 普通発散しようとすることが多い年なのに感情を内面に引き入れるのがとても良いです。

ナムはとても利口でエネルギー溢れる俳優と思って来ました。 でも今回本当に良い俳優ということをもう一度感じました。 普通作品に入って行けば人物に対する大きいフレームと計画を立てるのが見えますが、とても遅い速度で付いて来るんです。 あんな子ではないのですが。 でも分かってみれば内面から積んでいたんです。 ジョイの感情を積んだ後にあらゆることを積み始めるから生きて動く感情が入って来始めました。 感情が堅固であるから俳優が見えるのではなくその人物はまさに生きている存在になってしまうんです。 私が三十後半を越して悟ったことを身体で分かっているようです。

ユン・ナム:ソクジュン兄さんは個人的に俳優として好んで来ましたが、今回は人としてさらに好きになった作業だったと思います。 練炭奉仕もともにしながら本当に兄さんの道に付いて行きたい心が生じました。 私も後に後輩に、人々にこんな愛を与えることができる人になりたいです。 (ペ)スビン兄さんは遅さの美学があります。 きちんきちんと一つ一つ解決していくスタイルでした。 纎細な部分もそのまま通り過ぎないで悩んだことが見えるから私に近付く感情も本当に大きかったんです。 公演をしながらこのように、小雨で服が湿るように染みこむようになる経験は初めてなのでたくさん学んでいます。

二人の先輩が分からせてくださって導いてくださることがあまりにも多くて、ただ感謝した時間です。 共通で持っていらっしゃるのがあったら、視線一つ一つにも暖かい品性がとけているということ。 父親としても先輩としてもこれから私が進む方向に対して多くのことを感じています。

-ジェイク、ジョイに会ったらどんな声を掛けたいですか?

イ・ソクジュン:プログラムブックにも書きましたが「痛がらないで。覚えている」と言いました。 身に対することもありますが、それより心が痛くないように願います。 「ジョイはもうすべて育ったから、それによって心痛く思わなくても良い。ジョイはあなたを覚えているだろう」と言いたいです。

ユン・ナム:絶対に君は怪物ではなくて、人だと言いたいです。 この時代を生きて行く私と同じ人だと。 そして友達になろうと言いたいですね(笑)。

-<キルミーナウ>がどんな公演として記憶されたらと思いますか?

ユン・ナム:誰でも来て共感することができる話と思って、そんな話として残ることを願います。 どの世代、環境にも制限されない普通人の話。 そしてどんな方式でもこれを見る私たちも一段階進むことができる成長の話になってほしいです。 ただ暗いとかそういうことではないです。 生には確かに楽しくて面白い部分もありますからね。

イ・ソクジュン:誰かの痛みとして記憶されなかったらと思います。 ジェイクとジョイの別離が、今はちょっと辛いかも知れませんが、結局この話が回復の治癒ドラマとして近付いてほしいです。 ジェイクの選択においても、選択が合っているか間違っているかに焦点が置かれるのではなく、関係を愛するのが重要であることを感じる作品であったらと思います。 それとともに幸せを訪ねるのです。 雨が降って雪が降っても今日が感謝して幸せな一日になる作品であることを願います。




[NC영상] 연극 '킬미나우' 이석준 윤나무 인터뷰

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