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「報道指針」のレビュー記事(その2)

最近自分の中で演劇熱がじわじわと高まっているような気がします。
というのも、韓国ミュージカル一辺倒であったのに、最近は演劇作品の中にも観たいものが増えてきてしまったからです。

その中でも<報道指針>は、マジで観たい!本当に観たい!

とはいえ、公演期間中には行けそうもないので、今回は見送る方向なんですが・・・ㅠㅠ

プロデューサーの舌禍事件のせいで、いまだに劇場はガラ空きのようです。
(インターパークで見る残席数が。。。トホホ)
ああ、韓国国民の恨みは、恐ろしい~~

でも、だからこそこの時期に観に行きたいっ!
観に行かれる方々が本当に羨ましいです~~(泣)



元記事はこちら → mediadaum


報道指針は消えたが、今の韓国マスコミはなぜ?

[レビュー] 演劇<報道指針>が残した質問、「当たり前ではないことを当たり前ではないと言うことが言論と表現の自由だ」

演劇<報道指針>は五人の人物が法廷に立ってから始まる。 被疑者はキム・ジュヒョク記者とキム・ジョンべ月刊「独白」編集長である。 容疑は国家保安法違反である。 全斗換政権のマスコミ統制道具である「報道指針文献」を世の中に暴露した代価は大きかった。 弁護人と検事は二人の有罪無罪を争い、判事は四人の舌戦を上から見守る。 宣告が下ろされながら公演は幕を閉じる。

演劇報道指針のモチーフは1986年にあった「報道指針」事件である。 クーデターで権力を手にした全斗換政権は集権から露骨なマスコミ統制を敢行して来たが、報道指針文献はその証拠の中の一つだ。 報道指針は「題目に護憲、改憲は一切入れないこと」、「検察が発表した内容だけ報道すること」、「キム・デジュンの写真は使わないこと」、「社会面の下端で扱うこと」など報道可否から編集方向まで指示した「秘密通信文」だった。 当時言論社報道局には安全企画部、機務司令部、広報調整室などから派遣した情報員が常在しており、彼らは指針どおり新聞が編集されたのかを検収した。

報道指針は1986年9月民主言論運動協議会(民言協)が月刊「言葉」誌の特集号「報道指針、権力とマスコミの陰謀-権力がマスコミに送る秘密通信文」を発行し実情が一つ一つ現われた。 キム・ジュオン当時韓国日報記者は10ヶ月分の報道指針文献を手に入れてこれを暴露することを決心し、民言協、言葉誌の編集部は秘密編集室を用意するなどの努力を通じて特集号を発刊した。 暴露を積極的に主導したキム・ジュオン<韓国日報>記者、故キム・テホン民言協事務局長、シン・ホンボム民言協実行委員などは国家保安法及び国家冒涜罪で拘束された。


演劇報道指針の舞台は法廷と劇場で交互に変わる。 キム・ジュヒョク記者、キム・ジョンべ編集長、ファン・スンウク弁護人、チェ・ドンギョル検事、ソン・ワンダル判事、五人の人物は皆大学時代演劇サークルで同苦同楽した関係だ。 指導教授であった判事を除いた四人は「演劇は時代の精神的鏡」であると叫んで演劇を学んで行く大学の新米同級生として出会う。

演劇の意味に悩んだ彼らは、結局舞台にあげるために不穏書籍を公演作品として選ぶようになり、校内機関員に摘発されて拷問を受けるようになる。 「これからどこに行くんだろう?」 拷問後この質問をきいた彼らは各々自分の道を探す。 検事は正義、弁護人は真実、編集長は「心の声」を探して返事したが記者は何も言わない。 以後同じ夢を見た彼らがそれぞれ異なる立場で法廷で会うのである。

演劇報道指針は「心の声」を何回か尋ねる。 演劇サークル時代には「独白」を学びながら、法廷では「真実」を尋ねながらだ。 サークル時代彼らは「真実を盛り込んだ言葉は力がある。一番真実な言葉、心の声を独白と呼ぶ」と独白の価値に感動して、法廷では「当たり前ではない事を当たり前ではないと言うことは言論と表現の自由だ」という言葉で真実報道を話す。

実際に「心の声」に追いかけると出たキム・ジョンべは「月刊独白」の編集長である。 1980年代発行される度に押収捜索にあった「非合法媒体」月刊言葉誌を象徴する独白は5・18光州民主化運動、「南営洞対共分室」、大学生たちの街頭闘争を報道して追い出された記者が作った雑誌だ。

キム・ジョンべは「全斗換大統領がスンデを食べている写真は1面に入れて、集会後鐘路3街を掃除する大学生の写真は入れないこと」、「富川での性拷問事件を性侮辱と書くこと」を要求する報道指針に向けて一言を残す。

「私たちは見た。 人が犬がひかれるように死んで行くのを両目ではっきり見た。 しかし新聞にはたった1行も載せることができなかった。 ここに私たちは恥ずかしくて筆をおく。」 1980年5月20日、全斗換軍事政府が光州に戒厳令を下し、光州市民を無差別に虐殺した現場を報道することができないことによって共同辞職した当時全南毎日新聞記者の辞職書内容である。

彼らのマスコミ自由と真実報道に向けた信頼に対する検事と判事の返事はすごく現実的である。 検事は国家保安法容疑事件と係わって今まで政府が見せて来た論理をそのまま見せてくれ、判事は適当に現実と妥協した均衡感を強調する。

検事は「国民が知ってはいけない国家の作動原理がある」そして「報道指針暴露が国家の機密を漏らし、国家を冒涜することで国家利益を毀損した」と主張する。 検事は「報道指針」を「報道協調事項」に、「性拷問」を「性侮辱」に、「熱い(学生たち)」を「危ない」に訂正する姿も見せる。

判事は「それぞれ少しだけ認めて少しだけ知らん振りをすること」を要求して検事と弁護人の距離が狭められなければならないと言う。 判事が妥協を強調する理由は、自分が生き残りのために「均衡を失わない」生を生きて来たからである。 判事はキャンパスでチョン・テイル烈士の葬礼追慕祭を主導するほどに学生運動に積極的に加わって来たが、「着る事ができなくて食べる事ができない」拷問と圧迫に苦しんで来て、「適当に逆らい適当に握手しながら裸と背広の間で」生を維持しなければならないと信じるようになった人である。

判事は劇の終始検事と弁護人の主張の間に中間が無いことを知りながらも距離を狭めなければならないと主張する。 判事が告発者に下す宣告は懲役1年に資格停止1年、執行猶予1年である。 検事には「無罪」で、告発者には「有罪」である「均衡の取れた」判決を下すのである。 実際の事件でキム・ジュオン記者は懲役8ヶ月に執行猶予1年・資格停止1年を、キム・テホン事務局長は懲役10ヶ月・執行猶予2年を宣告された。

演劇は「ガリレイの自叙伝」を不穏な思想であるから許可しないほどにマスコミ統制が極甚であった権威主義政府の断面と当時の青年たちの悩み、そして彼らが社会に出て変貌したアイデンティティを持って、どのように生きて行くかを2時間密度あるように見せてくれる。 彼らが裁判過程で見せてくれるマスコミ自由に対する逆説とこれを毀損しても良いという防御論理の攻防戦は過去イ・ミョンバク政府からパク・クネ政府まで萎縮して来たマスコミの自由を悩ませる。

均衡を選択した判事は宣告後、前に立った昔の弟子に再び「もうどこに行くのか?」と尋ねる。 検事は「正義」を、弁護人は「真実」を、編集長は「心の声」を選択して舞台の後ろに消える。 報道指針を告発したキム・ジュヒョクはこの前と同じく黙々としてから、皆が消えた後で観客に向かってて尋ねる。 「知らなくて尋ねるのか?」 観客に向かってこの席に立ってどんな決定をするのかを尋ねて見るような質問である。

演劇報道指針はソウル鍾路区東崇洞スヒョンジェシアターにて来る6月19日まで公演される。
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