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【過去インタビュー大発掘】ソン・ヨンジン(2010年)

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お気に入りの俳優さんの、古いインタビュー記事を掘り起こしてご紹介いたします^^

今回は、ソン・ヨンジンさんのインタビュー記事(2010年)

以下のインタビュー記事の日本語訳をご紹介します^^
●<チアガールを探して>のソン・ヨンジン、休まず夢見るヒッチハイカー(ザ・ミュージカル)
●[インタビュー] キッチーな映像とカルト的ストーリーの組み合わせ、ミュージカル<チアガールを探して>のソン・ヨンジン(ニューステージ)
●ロッキーホラーショー「韓国版ロッキーホラーショーを作りたい」(韓国日報)


この年、ヨンジンさんは以下の作品に出演されました。
■ヘドウィク/헤드윅(2009.11.14 ~ 2010.02.28)
■チアガールを探してシーズン2/치어걸을 찾아서 season2(2009.12.07 ~ 2010.02.16)
■チアガールを探して/치어걸을 찾아서(2010.03.02 ~ 2010.03.31)
■オールシュックアップ/올슉업(2010.03.27 ~ 2010.06.20)
■チアガールを探して/치어걸을 찾아서(2010.07.23 ~ 2010.09.18)
■ラジオスター/라디오스타(2010.11.16 ~ 2011.01.02)

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オールシュックアップの頃^^

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ラジオスターの頃^^

元記事はこちら → themusical


<チアガールを探して>のソン・ヨンジン、休まず夢見るヒッチハイカー

ソン・ヨンジンが1人多役を担当して制作した<チアガールを探して>が3月からホンデから大学路へ公演場を移し新しい出発を始める。彼の表現通りなら、これはオフブロードウェイからブロードウェイへ入場する夢のようなことだ。ミュージカル俳優であり、大衆音楽界に海賊のような存在になりたいと叫ぶインディレーベル「海賊」の船長ソン・ヨンジンは、どうしてこのようなミュージカルを作ることになったのだろうか?何故よりによって「チアガール」を探すのか、また何故「変な」ミュージカルだと呼ぶのか、ソン・ヨンジンに尋ねた。

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スタッフ会議のためインタビュー時間を遅らせていたソン・ヨンジンはカフェに先に到着しブルーベリーバブルティを飲んでいた。三編の公演予定(出演しているとか出演準備)と定期アルバム作業まで、最近3時間以上寝たことがないと、始まりからすねた口ぶりであったが、彼の顔は他のことを言っていた。「今日会議をしていたらアイデアがぱっと浮かびました。海賊船で展開されるようなことは全部入れたと思っていましたが、見逃した部分があったんです。エピソードをもう一つ追加しようと思います。内容は秘密です!」

ソン・ヨンジンは自身が演出した「変な」ミュージカル<チアガールを探して>について、「カルト」と「B級スタイル」この二つの単語を飽き飽きするほど繰り返しながら始終一貫落ち着かない心で、しかし確信に満ちた声で話をした。インディーレーベル海賊(音楽創作団海賊は2009年彼が新しく起こしたことのうちの一つだ)に所属するミュージシャンたちの音楽を織り込み、直接台本を書き、演出、衣装と小物などのすべての製作を担当して誕生させた<チアガールを探して>はB級スタイルの新しいミューイカルを夢見た彼が出す初の結果物だ。

ミュージカルは彼がする最も商業的な活動だと言うデビュー12年目のミュージカル俳優でありロッカー、ソン・ヨンジン。彼がミュージカル制作の夢を持つようになったのは2年前創作ミュージカル<オンエアー>に出演していたころだった。「ミュージカルを作らなければならない、という決心をしたドラマティックな契機はないです。私は単にもともと夢が多く、したいことも多い人間です。ミュージカルを長くやってみて、状況がどんなふうに入って行くのかも分かって、アイデアさえあれば作れそうだったんです。ロマティックコメディはとてもありきたりじゃないですか。新しいものを作りたかったです。」

2009年5月の春の日、ソン・ヨンジンにそういえる機会があたえられた。KT&G想像マダンがインディーバンドたちに34日間無料で劇場を貸してくれると言うのだ。これが<チアガールを探して>と何の関係があるのかって?公演の機会を得たソン・ヨンジンが海賊の所属バンドディックポンスと合同コンサートを企画していた中でもう少し面白い光栄を構想して「私たちの音楽を織り込んでミュージカルを作ってみたらどうだろうか?」という考えまで浮かぶようになり、そうやって作られたのがまさに<チアガールを探して>だ。

「ミュージカルを制作してみたかったんですが、この機会を前哨戦として見てくださったら嬉しいと言うと、チーム員たちがみんな面白そうだといいました。ディックポンスが<ロッキーホラーショー>のバンドもやったんです。台本も書き、編曲も全部やるので時間をくれといいました。でもそれが公演2週間前でした。」発想は簡単だった。レーベルの名前が海賊だから、海賊と関連していなければならず、ディックポンスのアルバムタイトル曲が「チアガール」で、外では新種のインフルエンザが流行していた。「海賊、チアガール、新種のインフルエンザ・・・新種のインフルエンザ、チアガール、海賊・・・ああっ!このようになったんです。新種のインフルエンザで地球上のすべての女性が絶滅し、チアガールたちが住むというワンダーランドに冒険に旅立つ海賊船!」

<ロッキーホラーピクチャーショー>と<天の川を旅行するヒッチハイカーのための案内書>のようなカルト物に熱狂する彼は自身の趣向のままに伝統ミュージカルよりは<ヘドウィク><ロッキーホラーショー><ポンプボーイズ>のような公演に出演し、この時の経験がこの作品を作るのに一役買った。「イ・ジナ先生(先に言った3作品はすべて彼女の演出作だ)は公演をする時、臨むことがハッキリしているんですよ。そういうことなどをじっと考えてみて、子の公演をどうやって解いて行かなければならないか分かりました。どうやって解いていくか、絵だけうまく描けば演出はそんなに難しいことではないと思います。もちろんそれは簡単ではないですが。」

彼はこの作品を解いていくにあたって、よく使われた方式の代わりに荒っぽく行くスタイルを選んだ。カルト的な特性を生かすため、観客たちのドレスコードも決め、公演中に悪口を言いたい人がいれば思い切り悪口を言える、言わば「悪口注文タイム」と「ハッピーオルガズムダンス」のようなコーナーも準備した。想像マダンでの公演は観客たちに熱い反応を得て、当日公演を観にきたローリングホール代表からホンデのローリングホールで公演をしてみないかという提議を受けた。「では負担が無いように、公演のない月曜日にしようといいました。ある瞬間、観客がこなければやめようと、そんなふうに始めました。ある日はソン・ハンセム代表(ショーパック代表)が公演を観に来て、これは大学路でやりましょう、とそうおっしゃるんですよ。そんなふうにすぐに機会が来るとは思わなかったです。」

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しかし今回彼が挑戦しなければならない舞台は、大韓民国の演劇のメッカである大学路だ。そのうえ一週間に1回ずつ公演していたものを、毎日公演しなければならない。ソン・ヨンジンは今回の公演に対し衣装も制作して舞台的な要素も補完する予定だが、公演の内容には大きな変化はないだろうと言った。<チアガールを探して>をミュージカルに分類するにはドラマ的要素が不足していないかと問うと、彼は既に分かってるというようにこのように答えた。

「これは、どうせコンサート型として企画した公演なので、必ずしもドラマが強い必要はないと考えました。<ポンプボーイズ>もそうだったじゃないですか。そして音楽には本当に自信があります。歌がいいんですが、面白いエピソードたちを添加したからどんなに面白いだろうか。常にありふれたものとして笑えるロマンティックコメディより憶万倍よいと思います。私が考えるには、です。」一体こんな自信感はどこに起因しているのか聞いてみたいが、彼の話を聞いてみれば、彼が確固として自身の世界を捕えているという感じがした。そして一つ確実なのは、誰であろうとこんなことを起こせないということだ。「太陽の下、新しいことは無いといいます。真に新しくはないでしょうが最小限国内では新鮮な舞台を紹介したかったです」と、彼が今回の公演を通して見せてあげたかったものもやはりそんな新鮮さだった。

「商業的成功を願うのでもなく、この公演を通じて哲学的なメッセージを伝えたいわけでもありません。ただ面白く自由に楽しんだら嬉しいです。う~ん、それがメッセージかもしれませんね。事実、大義名分はこれです。観客たちには楽しさを、公演する人たちには新鮮さを喚起してあげたいです。」そして笑いながら付け加えた。「ミュージカルファンたちは、これ何のミュージカルだ?と悪口を言うかもしれません。私はそれを受ける覚悟ができています。ある日、この子がこんなこともするんだなぁ、そのように見てくれたらよいと思っています。」







元記事はこちら → newstage


[インタビュー] キッチーな映像とカルト的ストーリーの組み合わせ、ミュージカル<チアガールを探して>のソン・ヨンジン

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ソン・ヨンジンはミュージカル<ヘドウィグ>でよく知られた俳優。 舞台を楽しむことを知っていて爆発的なエネルギーの所有者。 私たちは彼をこのように記憶する。 しかしミュージカル<チアガールを探して>には笑わせることもできて、話せる俳優ソン・ヨンジンが登場する。 ロマンチックミュージカルが主流である大学路にまともにB級趣向の反乱を起こすこの作品は演出兼製作兼シナリオ兼演技指導兼俳優ソン・ヨンジンの趣向をそっくりそのまま感じて見られる。 インタビュー中一番多く聞いた単語は確実に「B級」と言う単語であった。

弘益大の前のクラブで、それも門を開けない月曜日にだけやっと(?) 公演したインディバンドのコンサート型ミュージカルが大学路に入城したというのはすごい成果だ。 「公演は無条件笑わせてこそ私の味」という独特の美的感覚の所有者であると同時に<チアガールを探して>でほとんどすべてを引き受けているソン・ヨンジンは「分かり切っていて退屈なロマンチックコメディーが嫌い」でこの作品を作るようになったと明らかにした。 このミュージカルの基本ベースは当然「変なB級映画。 彼が直接作った公演であるだけに、その分気を使わなければならないことも多い。 「照明はよくできているか、機械的に問題はないか、俳優が失敗をしないか」と思いながらも「公演が始まって観客の拍手を浴びれば、また公演を楽しむようになる」と伝えた。

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実は彼が一つの作品中でこのようにすべての役を引き受けるようになったのは、多才多能であるからではなく「人力もお金もなくて」だった。 「ただ私がしたいことが多くて、欲心が多くて、またこの公演は他人とアイディアを共有するのが大変であったんですよ。 それで一人ですべてやるようになったんです。」 それでも彼は大変であるよりは楽しそうに見えた。 ソン・ヨンジンは「私が楽しめば観客も楽しむことができると思います。私が公演が負担になれば、観客もまったく同じく負担を感じるんですよ」と言った。

ミュージカル<チアガールを探して>はディックポンスという実存バンドの創作曲を編んで作ったジューク・ボックスミュージカルである。 グループディックポンスはこの作品に収録されたナンバーをすべて作詞、作曲した。 同時に彼らは今回の舞台に船員として出演する年をとった新人俳優でもある。 ソン・ヨンジンはディックポンスバンドに対して「海賊所属バンドの中で唯一アルバムが出たチームです。追い求める音楽はパンクロックですが、ギターがなくキーボード、ベース、ドラム、ボーカルで成り立った4人組みグループです。ギターがなくてそうなのか、パンクロックにもかかわらず音楽がものすごく柔らかで明るくて可愛いです」と紹介した。

ソン・ヨンジンもミュージカルで観客によく知られたが、実際は中学校の時からバンド活動をして来た20年目のミュージシャンである。 「音楽がワイフなら公演やミュージカルは恋人のようなもの」と説明する彼は「私は元々音楽をしてきた人であり、ミュージカルも音楽をベースに偶然に始めました。ミュージシャンとして生きるのが基本で、ミュージカル公演などは外的に多様に活動すること」と言った。

これから四十になれば映画を作りたいという彼。 なんだかその作品も「B級趣向」を容易に脱することができないようである。 「私の好きなコードが大衆はあまり好まないです。 それでも私が大衆のために文化的コードを替えることができるのでもなくて、私のコードが共有される方々とすべて一緒に分けたいです。 音楽もそうです。」 彼には省略符号などは似合わない。 すべての文章が簡潔で器用である。 彼は「大衆的なことはそんなのをよく作る方々が作れば良いし、私はそんな風に作った瞬間から私の想像力は壊れると思います」と言いながら「私が好きなスタイルをさらに深く作った時、むしろさらに大衆的な作品になるのではないだろうか」と考えを明らかにした。

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偶然にもミュージカル<チアガールを探して>が公演されるライブ小劇場は過去ミュージカル<ヘドウィグ>のシーズン1が公演された場所だ。 創始期の時から狭い小劇場で席を満たしてきた<ヘドウィグ>を公演したソン・ヨンジンは「汗のにおいぷんぷんして公演したその時が懐かしいです。今は大きい劇場を含めて良い環境で公演していますが、むしろあの時が本当に<ヘドウィグ>らしかったと思います。<チアガールを探して>も<ヘドウィグ>シーズン1の感じ、試まれなかった新しさに対する震えのようなものなどが感じられたらと思います」と明らかにした。

彼を信じて気経に手を差し出してくれた企画社に対する最大限の報答は彼が持つ「このスタイル」のまま揺れずにこの航海を終える一日であろう。 「この作品を始める時から代表ともうシャブを打って始めました。 この公演は絶対大衆的な公演ではないです、と言って。 代表もある程度趣向が合ってコミュニケーションがよくできたんです。」 彼の言葉だ。

<チアガールを探して>は好き嫌いが明確に別れる作品である。 彼は「悪口を言っても良いから、まず一度見にいらっしゃったらと思います。正統クラシックミュージカル好きな方々はこの作品をかなり嫌やがることも有り得ますが、こんなコードがよく合う方々にはすごくおもしろい公演になりえます」と伝えた。










元記事はこちら → naver


ロッキーホラーショー「韓国版ロッキーホラーショーを作りたい」

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<ロッキーホラーショー>原作者オブライエン - 俳優ソン・ヨンジン画像インタビュー

「新しいコードになじみが薄いと思うだろうが…新しい試みを絶えずに行えば人々の認識も替えることができる。」

「ワオ、こんな技術があるなんて! 不思議です、そのうえ無料だし。 ハハハ。」(オブライエン)

先月30日午後5時ソウル江南のとあるビルのセミナー室。 現地時間午前9時のイギリスロンドン、カルトミュージカルの古典と呼ばれる<ロッキーホラーショー>の原作者リチャード・オブライエン(68)の自宅書斎でスカイプ(インターネット電話)がつながれた。 「オブライエンの熱血ファン」を自認するミュージカル俳優兼企画者ソン・ヨンジン(34)がオブライエンを画像インタビューする席だった。

犯罪小説本がたくさんある書斎に座ったオブライエンは新聞を見せながら「単語合わせを解いてインタビューを待った」とくすくす笑った。 ソン・ヨンジンは「<ロッキーホラーショー>ライセンス公演で主人公を、ワールドツアー中のオーストラリアチームの韓国公演ではナレーター役を引き受けた」そして「韓国版<ロッキーホラーショー>を作るのが夢」と自身を紹介した。 ソン・ヨンジンが<ロッキーホラーショー>の影響を受けて作ったミュージカル<チアガールを探して>は去年弘益大前のクラブで顔見せをした後、人気をあつめて大学路小劇場に移って来た。 今まで計56回公演に7,000人余りの観客を動員した小さいけれど強いこの公演は現在アンコールまで進行中である。

モニターの中のオブライエンは朝の日ざしを受けた明るい顔でしきりに「クール!」と叫びたてた。 作ってから38年にもなった作品を、一回も行った事がない国の俳優がそれほどに誉めたので楽しくなったようだった。 ソン・ヨンジンは自分のロールモデルに、我慢していた質問を繰りだした。

「1973年当時、観客の反応はどうだったのですか?」(ソン)
「両性愛者として登場するフランクが男女すべてに魅力的に近付いたのが私も案外えした。 創世記のアダムとイブを連想させて、アメリカ文明の成長と没落を比喩したような内容がウケたようです。 笑えるし、音楽もよいし! ハハ。」(オブライエン)

性を男女にだけ分けるなどの社会的通念はユダヤ教とキリスト教から始まったといい、死んでもその信徒たちとは一緒に住みたくないというオブライエン。 「どの国でもそうです。 新しさに寛大な所は同性愛者を許容するサモアだけでした。」その言葉にソン・ヨンジンは「<ロッキー>からヒントを得て、観客のドレスコードを決めて、舞台に菓子などを投げる時間を作ったら反応が良かった。 しかし韓国もまだ新しいコードを受け入れることができない感じ」だとあいづちを打った。

オブライエンは引き続き「ベルリンの壁が崩れた直後、東ドイツで<ロッキー>を公演しましたが、路頭で十歳の子供たちが歌の歌詞をそらんずるのを見て驚きました」そして「カルト精神はむしろ保守的な国で効果を発揮するから心配しなくてよい」と応援した。 「新しい挑戦には常に批判がよって、時には脅威もあります。 しかし彼らは取り残されるのを嫌い、他のものを受け入れることもできない弱虫なだけです。 絶えず新しい試みをすることだけが人々の認識を替えることができます。」(オブライエン)

インタビューの雰囲気をヒートアップさせたのはソン・ヨンジンがツイッターフォロワーから受けて来た質問であった。 ツイッターをしないというオブライエンは「オーディションを見る時、身体が先か、演技が先か」(露出が多い<ロッキーホラーショー>は体格の良い男優が視線をひく)、「イギリス人ですが、サッカーが好きですか」のような質問を受けて爆笑した。 そして「どうしても私のアイデンティティ(彼はバイセクシュアルである)があるから…そのまま演技力を見ることにしておきなさい。 私はプロであるから!」と返事した。 彼は「サッカーを含めたすべてのスポーツが好きではない」と言った。

現在オブライエンは自叙伝を書くのに力を傾けていると言った。 11月にはニュージーランドで開かれる<ロッキーホラーショー>のナレーターも引き受ける。 若くない年であるが活力があふれる秘訣を尋ねると、彼はためらいなく「薬とセックス」と言って両手で顔を覆って笑った。 0.1秒後に飛び出したソン・ヨンジンの返事は? 「Me、too!」二人の間の空間的距離と年、国籍は一瞬のうちに崩れた。




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